深田久弥を訪ねて


大聖寺出身の登山作家『深田久弥』(1903年~1971年)は、1964年発刊の『日本百名山』で第16回読売文学賞を受賞。 以来、『日本百名山』は登山入門書として登山愛好家の愛読書となり、日本百名山ブームは今も続いています。

1971年、茅ヶ岳(山梨県)登山中、脳溢血により急逝。 墓所は、山ノ下寺院群の本光寺。

このコースは、久弥の生家・墓所のほか、江沼神社境内の歌碑や、2014年に錦城山東丸に設置された『日本百名山発刊50周年』の記念碑、遺品等が展示されている『深田久弥山の文化館』をめぐります。

また、コース中の見どころについても紹介します。


コース案内 (所要時間:徒歩で1時間30分~2時間)

A 深田久弥山の文化館   

  ↓ 10分

B 生家

  ↓ 15分

C 墓所

  ↓   5分

D 句碑

  ↓   25分

E 日本百名山発刊50周年記念碑

  ↓ 10分

F 歌碑

  ↓ 10分

A 深田久弥山の文化館




A 深田久弥 山の文化館 

建物は明治43年(1910)に建てられた絹織物工場『山長』を修築したもので、2002(平成14)年に国の登録文化財になりました。

深田久弥の遺品を中心とした展示室などがあり、「ここを訪れれば山の文化が分かる」、そうあるためにいつまでも成長し続けるミュージアムを目指しています。

もっと詳しく⇒深田久弥山の文化館のHP

彫金工房月&カフェサロン銀

元歯科医院のレトロな建物です。その当時の待合室がカフェサロンに、診察室がギャラリーに生まれ変わりました。

彫金工房月は、実際に制作している所を見たり聞いたりふれたり出来るオープンな工房で、実際に自分の手で制作できる教室もあります。

カフェサロン銀は、喫茶でありながら皆が集うサロン(交流のできる空間)です。

 もっと詳しく⇒彫金工房月&カフェサロン銀のHP

B 深田久弥の生家

深田久弥は1903(明治36)年3月11日、ここ大聖寺中町の深田屋紙店の長男として生まれました。

当時の生家は1934(昭和9)年9月9日の大聖寺大火で焼失し、その後現在の建物が建てられました。

加賀神明宮

山ノ下寺社群の一つで、『山下神社』の名で親しまれています。

1868(明治初)年の神仏分離まで当境内には真言宗慈光院がありました。

春の桜まつりや、秋の八朔祭りで賑わいます。

旧月田邸

旧大聖寺藩下級武士の家です。

木造平屋の簡素な武家住宅ですが、城下町における武家屋敷の佇まいを伝える数少ない遺構の一つで、城下町の空間構成を知る上でも貴重です。

1999(平成11)年、国の登録文化財となりました。

C 墓所

深田久弥は、1971年(昭和46年)3月21日茅ヶ岳登山中に、山頂直下で脳溢血により68歳で急逝しました。

墓所は、山ノ下寺院群の本光寺にあります。

宗寿寺

山門は旧大聖寺藩の関所門を移築したもので、市指定文化財です。

山門脇のスダジイは、6種類の植物(ヤマウルシ・ウメモドキ・タブ・ネズミモチ・ハイイヌツゲ・ツタウルシ)が寄生して大変貴重で、こちらも市の指定文化財です。

正覚寺

三国伝来の様式を伝える本尊の木造阿弥陀如来立像は、平清盛の寵愛を受けた仏御前(現、小松市原町出身)が帰郷の際清盛から与えられたもので、その姿から履行阿弥陀如来(くつばきあみだにょらい)と呼ばれ信仰をあつめています。

全昌寺

旧大聖寺城主山口玄蕃の菩提寺です。市指定文化財の五百羅漢像や、芭蕉や曾良が奥の細道の旅の途中に泊ったことで知られています。

D 句碑

全昌寺境内左手にあります。左の碑には『翁忌や師を継ぐ故に師を模さず 九山』が、右の碑には深田久弥の11の句が記されています。

 

E 日本百名山発刊50周年記念碑

1964(昭和39)年7月20日、深田久弥の名著『日本百名山』が新潮社から発刊されました。

その発刊から50年後の2014(平成26)年7月20日、100人を超える人が出席する錦城山の東丸で、深田久弥の長男深田森太郎さんや次男深田澤二さんなど関係者の方々により記念碑が除幕されました。

天気が良ければ、記念碑の向こうに白山が見えます。 

大聖寺城址

江戸時代初期まで存在した平山城で、県内で唯一の安土桃山時代の城郭址です

永く『お止山』として入山が禁止されていたため、曲輪など遺構の保存状態がたいへん良いです。

2011(平成23)年度から2015(平成27)年度までの5年間、本丸・二の丸・対面所などで発掘調査が行なわれました。

もっと詳しく⇒400年の時を経て今甦る大聖寺城のHP

江沼神社

境内は旧大聖寺藩邸内にあり、1709(宝永6)年に三代藩主前田利直が建てた国の重要文化財『長流亭』や旧大聖寺藩邸の庭園で加賀市指定名勝の池泉回遊式庭園があります。

そのほか、大聖寺耳聞山町から移築した十四代藩主前田利鬯の国許別邸『竹涇館』や、北前船主の座敷『梅花庵』(いずれも、国の登録文化財)などもあります。

F 歌碑

江沼神社境内にあります。

1974(昭和49)年に建立されました。

碑にはめ込まれた色紙陶板には、

山の茜を顧みて

一つの山を終りけり

何の俘のわが心

早も急かるる次の山

深田久弥

と、記されています。

長流亭

 国指定重要文化財で、大聖寺藩邸の唯一現地に残る建造物で、1709(宝永6)年に建てられました。

書院の大胆な意匠や欄間障子腰板、板戸の七宝紋など、小堀遠州好みであり、わが国の近世数寄屋建築を代表するものとして高く評価されています。

A 深田久弥 山の文化館

お疲れ様でした。

『聴山房』の喫茶室では、珈琲など飲み物を注文できます。